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なぜ、営業しているパチンコ店の名前を公表するのかお家時間で夢想してみた
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なぜ営業しているパチンコ店の名前を公表するのか、えらいやつらはバカじゃないのか?
そうほくそ笑みながら、河辺稔は朝のニュースで紹介されていた一覧表の画面を携帯電話で撮影し、テレビの電源を消した。 ありがたい。 これで、どこに行けばいいのか迷わずに済む。
すでに県内のパチンコ店は休業に入っており、おとなりまで行くのが面倒ではあるが、幸いなことに稔のアパートから車で一時間圏内の店が営業を続けているようであった。 今から行けば開店前に並ぶことができるだろう。 自分のような輩が集まり、ダンミツだかサンミツだかを作ることになるだろうが、気にしていたらどこにも行けない。
若い頃からもう二十五年以上も着ているスタジャンに腕を通し、鏡を見た。 腹は出てきているが、まだ着ることができる。 二十代の頃は、これを着てずいぶんとディスコなどにでかけたものだ。 暗闇の中でブラックライトに当たると、背中に小粋なドクロの柄がぼんやりと浮かび上がり、それに注目した女どもにちょっかいをかけ、朝までずいぶんと遊んだものだった。 そんなことをしていると、嫌がる女どもを守ることで嬌声を浴びようとする、いかにも自己満足を売りにした歪んだ正義ヅラの他の客が現れ、暴れて殴ってしまい、出禁になった店もいくつかある。
食いかけのカップラーメンが放置されているテーブルの上から、買いだめして置いてあるタバコを三箱つかみ、ポケットに入れた。 薄くなった頭を隠すように帽子をかぶり、マスクをする。 茶箪笥のガラスに映った自分が目に入り、まるでコンビニ強盗にでも行くような顔の隠しぶりだなとおかしくなり、笑いそうになって喉がからんだ。 タバコの量が増えた30代の頃から続いている不快な空咳が、少し長引く。
靴を履いて外に出、咳が止まらないままに、ところどころ錆びたドアノブの鍵を閉めようと乱暴に音を立てていると、隣の部屋の扉が開いた。 腰の曲がった老婆が小さなゴミ袋を持って出てくる。 それが目に入り、思わず舌打ちした。 そうか、今日は資源ごみの日か、また忘れてた、まあいい、また燃えるゴミに混ぜて捨ててしまおう——そう考えていると、老婆が稔の存在に気づき、あからさまにぎょっとした顔をした。 なぜだか無性に腹が立った。
「なんだよ、ババア」
怯えた老婆がなにか言ったが、彼女もマスクをしているせいで稔には聞き取れなかった。
「うるせえよ、家でおとなしくしてやがれ」
老婆の前を通り過ぎながら、指でマスクを顎側へずらし、わざと空咳を浴びせてやった。 老婆は、喉が詰まったような悲鳴をあげ、袖で顔を拭いていた。
からからと笑いながら、音を立てて階段を降りた。 むしゃくしゃするときは人をからかうのに限る。 気分がいい。 今日のパチンコはいい結果が出そうだと笑みを浮かべながら、稔は、無駄な荷物であふれている軽自動車を発進させた。
走行中、携帯電話を取り出し、パチンコ店で仲良くなった同年代の楢崎に、今日も勝負しに行くのか訊こうとメールを開いた。 だが、昨日送った内容が相変わらず未読だったのを見、舌打ちした。 仕事だったために稔は昨日行けなかったが、楢崎は楽しそうに、仕事をさぼって行くのだと連絡をよこしてきた。 行った店の具合はどうだったのか、どこに行ったのか、戦績はどうだったか、訊ねるメールしていたが、未だ返事がなかった。
おそらく、大勝ちして飲みに出かけ、どこかのスナックあたりで酔いつぶれているのだろう。 いつもそうだ。 まあいい。 楢崎も昨日、営業しているパチンコ店の一覧から店を選び、出かけていた。 記憶が確かなら、自宅から最寄りの店舗へ行くと言っていた。 おそらく自分が向かっている店と同じだろう。 だとすれば、俺も大勝ちするチャンスがある。
アクセルを踏む足に自然と力が入る。 交差点の信号が黄色に変わり、前を走るバスが減速する。 稔は舌打ちしながら、対向車線へハンドルを切り、横を通過する際にバスドライバーを睨むようにしながら、エンジン音をがなりたてて、赤になった交差点を通過していった。
到着したころにはすでに三十人ほどの列ができていた。 ほとんどの人がマスクをし、背を丸め、ポケットに手を突っ込みながら突っ立っている。 前後の距離が気持ち離れているのは、多少気になるところがあるからだろうか。
稔が列に混ざり、空咳をすると、最後尾にいた汚い茶髪の中年の女が振り返り、ヒステリックな目を彼に向けた。 咳のせいか、距離が近いからか、どちらかに苛立ったのだろう。 稔は舌打ちしながら、余計に一歩、その女の方へ近づいた。 怒りの含んだ目をもう一度稔に向け、女が小刻みに前へずれる。 稔はもう一歩、不敵な笑みを浮かべながらさらに大股で前へ進み、執拗に空咳を繰り返した。
しばらく立っていると、カメラを抱えた報道陣が複数名やって来て、並んでいる人たちへとマイクを向け始めた。 思わず舌打ちが出る。 どうせ、このご時世にどういうつもりで来ているのかとか、そんなところだろう。 知ったこっちゃない。 体の弱い奴らがどうなろうと、俺に関係はない。 どんな嫌味を言ってやろうか。 どうせなら放送が無理な受け答えをしてやろう。 稔は口角の上がった唇を舐めた。
ほとんどのひとがまともな受け答えをしていないようであった。 あっという間に、稔の三人前まで報道陣が移動してくる。 スーツを着た四十代らしき男がマイクを向けても、無視を決め込むか、どうでもいいだろうといった怒気を含んだ声で答えているようだ。 取材者の男が、さわやかな顔を崩さないようにしながら、丁寧に質問を続けている。
前に並んでいる茶髪の女は無視を決め込んだようだった。 取材者から声をかけられても、組んだ腕をそのままに、首を下に向け、スマートフォンに向けた目を上げようともしなかった。 若いカメラマンの後ろで、取材の内容を記録しようとしているのか、若い女がメモ帳を広げ、ボールペンを持っているが、それは動いていなかった。 特筆すべき内容がないのだろう。 そのメモ帳が、稔のほうからちらりと見えた。 A、B、Cと書いてあり、チェック欄がある。 一体何なのかわからないが、全員のAの備考欄にバツが記されていた。
やがて稔の番がやって来た。 よく見ると、取材者の白い頬に、赤い筋が浮いていた。 古い傷のようだ。 目は優しさを保っているが、並んでいる人たちの不遜な態度に血がめぐり、そこだけ紅潮しているように見えてしまう。 聞いたことのない会社名と「逢坂 文男」と書かれた名札を首からかけていた。
「おはようございます」男はにこやかに話しかけてきた。 整髪料でまとまった髪には白毛の一本もない。 「単刀直入に伺いますが、本日並ばれているのは、どんな大切な事情がおありなんですか?」
「大切な事情、だと?」
稔は眉根を寄せた。 一瞬、頭が真っ白になり、次第に怒りが湧いてきた。 予想していたものと違う質問だった。 「来ることになんか理由がないとだめなのか、あ?」
「いえ、これだけ世の中が不要不急の外出を控えるよう要請されており、集まることで起こり得る感染の広がりを懸念されているにも関わらず、その可能性が高いパチンコ店に来ているのはどんな特別な事情があるのかと、多くの人が理解できずにいるのです。 そのため、わたしが代表して皆様に納得できる理由を伺っている次第です」
「関係ねえだろうが!」
稔の大きな声に、前に並ぶ女が肩をびくりとさせる。 周囲に並んでいる人たちからの視線を感じた。 「やってる店にやってきて、何が悪いだよ! 本当にだめなら、店を閉めればいいじゃねぇか」
「ですので、自粛して休業しているお店もありますよね」
「休業たって、強制じゃなく要請だろ? ずるいんだよ。 こっちはおまんま食わなくちゃいけねえんだ。 そういうことを求めるなら、それなりの補償をちゃんとすれっていうんだ」 いつの間にか店側の意見になっているなと思いつつ、もう言葉が止まらなかった。 「そうだよ、そうだ。 こっちは生活がかかってるんだよ。 パチンコで稼いでるんだ。 それともなにか? あんたが俺の生活の面倒でもみてくれんのかよ、あ?」
「いえ」 表情を変えない男の頬の傷だけが、ほのかに赤みを増しているような気がする。 「ご意見ありがとうございました。 どうぞこれからもご自愛くださいませ」
「余計なお世話だ、ばか野郎! こちとら風邪だってひいたことないわ!」
大きな声を出し続けたせいか、喉が異様に疼き出す。 稔はたまらずに咳をした。 口元にこぶしを当ててむせているところを、若いカメラマンが心なしかこちらにより、レンズを寄せたような気がした。 「なんだよてめえ、いいかげんにしろ! 放送したら承知しねえからな!」
マイクを持った男が手でカメラマンを制するようにした。 にこやかに、「失礼しました。ありがとうございました」 と静かに言う。 カメラマンの後ろで、怯えた顔の若い女が手を動かすのが見えた。 バツをつけているように見える。 放送に適さないといったそんな意味だろうか。 どうでもいいが、放送できるもんならしてみろ、すぐに訴えてやるとひとりごちた。
これでこりてどこかに行くだろうと稔はせいせいしたが、報道陣は、こりずに稔の後ろの客に対しても同じように質問をし、一人づづに理由を伺っていた。 振り返ると、かなりの列ができていた。 そりゃあそうだろう。 行き場を失っているところにありがたい一覧表を作ってくれたのだから、そこにみんな集まってくるに決まっている。
稔以外にも、てめえには関係ないだろうと怒気を荒げている声がたびたび後ろから聞こえてきた。 彼は、くつくつと笑った。 いいぞ、やれやれといった気分だ。 俺らは少なくとも経済を回しているのだ。 世間にとやかく言われる筋合いはない。 ロードスターだかクラスターだか、どうでもよかった。 なったときはなったときだ。 車の事故が怖いから外出しないやつなんて、どこにもいねえじゃねえか。
やがて、開店の時刻がやってきた。 若い店員が何かしら声をかけ、前方の客から、足早に店内へと入っていく。 稔も、前の女にぶつかりそうになりながら先へと進んだ。 店員が、消毒液らしきボトルを手にして一人づつにかけていた。 だが、いらないと断っているひとたちも多くいる。 稔は、ジャケットのポケットから手を出すこともせず、「邪魔だ」 と店員を睨みつけ、騒がしい空間へと入っていった。
目をつけた06番の台はすぐに当たりがきた。 周囲の台も大小さまざまだが当たりがきているようだ。 店側がやけくその大盤振る舞いをしているのか、これで遠方からの固定客も掴むつもりなのか、店内は盛大に盛り上がっていた。 笑いが止まらないとはこのことだった。 パチンコなどしなくとも今の収入だけで充分に満足な生活は送れるが、この多幸感がやめられない。
そういえば、楢崎はそろそろ起きただろうか。 もう座る席はないかもしれないが、やつも仲間だ、一応、この店の様子でも教えてやろうか——とポケットから携帯電話を取り出すと、ちょうどその楢崎から着信があった。 稔は、「もしもし」 と、聞けばすぐに勝っていることが判る機嫌のいい声を出した。 「どうしたんだよ、二日酔いか?」
「お前いま、パチンコ店か?」
音を聞いてわかるのだろう、楢崎がそう訊いてきた。 不思議なことに、彼の声は慌てていた。 息を切らしている様子もある。走りながら電話をかけているのだろうか。
「おう、おえらいさんが紹介してくれた店でバカ勝ちよ。 お前も昨日は勝ったのか?」
問いかけたが、返答がない。 雑音が混じり、風をきるような音がする。 何かにぶつかったのか、それなりに大きなものが倒れるけたたましい音がした。 楢崎の、くんじゃねえ! という怒声が携帯電話の遠くから聞こえてくる。 「おい、どうしたんだよ? おい?」
「稔、おまえ、いますぐ逃げろ!」 乱れた呼吸のすきまから、途切れ途切れに楢崎が言う。 「そこはやばい、逃げ——」 まで聞こえたところで、通話が切れた。 稔は携帯電話の画面を見つめた。 通話終了の案内が表示されている。 すぐにこちらからかけ直してみたが、圏外を知らせる自動音声が流れただけだった。
——いったい何だってんだ?
不可解な顔をしていたその瞬間、電源が落ちたように、店内が真っ暗になった。 いつの間にシャッターが閉まっていたのか、窓からの光が漏れることもない。 なんだなんだというざわめきが渦を巻き、動揺が広がる。 たまたま光っているのは、稔の携帯電話だけだった。
「なんだこれ?」
隣の男が声を発し、慌てるようにしている。 稔がそちらを向くと、隣客の手だけがぼんやりと光を発していた。 あたりを見ると、同じように複数名、手だけを光らせている客がいる。
「おい、どうなってんだよ!」
誰かが叫んだ。 と次の瞬間、店内に何かしらのガスらしき空気が天井から噴射された。 異様な圧が、身体を襲ってくる。 室内にすぐに充満しているのが体感でわかった。 あちらこちらでむせかえる声が、徐々に静かになっていく。 稔も、訳がわからないままに、その空気を吸い込んでいた。 意識が遠のき、携帯電話が手からこぼれる。 だが、床に落ちたはずのその音は、彼の耳には届かなかった。
「任務完了ですね」
モニターを見ていた逢坂に、コーヒーを淹れてきた後輩が楽しそうに声を掛ける。 それを受け取りながら、逢坂は、「まだ、これから回収して運搬しなくちゃいけねえだろ」 と答えた。 若い後輩の無神経なことばに、頬の傷が熱くなる。
「でもあとは、業者の人たちがやってくれるから」
逢坂のとげのある言葉を意に介さないのか、後輩は笑いながら、パイプ椅子をひき、腰を下ろした。 外側を触らないようにしながらマスクを外し、あちちちと言いながら、コーヒーをすする。
「それにしても、お偉いさん方の、これ、見事な作戦ですよねー」 やわらかく揺れる前髪をかきあげ、後輩が言う。 「こうして感染拡大の原因になりそうな人たちを向こうから集まってくるようにすれば、あとは一網打尽にするだけなんですから」
逢坂は厳しい目を、彼に向けた。
「ちゃんと問題ない人間とそうじゃないやつの選別をする作業があるだろうが。 簡単に言うな」
「だけど、今日は、というか今日も、BとCグループだけじゃないですか。 すぐっすよ」
女性職員が置いていったメモ帳をめくりながら、後輩が笑う。 Aは、特別な事情をもってパチンコ店にやってきた、世間的にも同情によって許されるであろうグループだった。 Bは暗闇で光るスプレーを手にした、ウイルス拡大防止に少なくとも協力的なグループ、そしてCは、このご時世においても何もしなかった、非協力的な、拡大の要因になりそうなグループだ。 Aは隔離する必要がないが、BとCはその度合いに合わせて監視を厳しくする須要がある。
コーヒーを口にしながら、逢坂は、心の中で後輩の言葉に同意していた。 確かに今日も、もっともらしい理由を口にするものはひとりもいなかった。 客の特別な事情を書くはずのAの備考欄は、昨日と同じくバツばかりだ。 皆、自分本位な言い訳で理屈を正当化し、身近な人間をも危険に晒すかもしれない行動を犯している。 法定速度を大幅に超える危険な運転を繰り返し、信号無視などを続けていれば事故の確率が上がるというのに、自分は大丈夫だという手遅れになりかねない過信と同じだろう。 パチンコなどの遊戯も、普段であれば、周囲に迷惑をかけない程度に遊ぶ分には問題ないが、不要不急の外出を避けることで何とかこのウイルスに打ち勝とうと世界が動いている中においては、その行為に理解が得られないのも無理はなかった。
昨日隔離したCグループの人間がひとり、今日、施設から脱走するという椿事が発生したが、無事に確保できたとのことだった。 危険因子の管理に成功すれば、少なくとも、これ以上の感染者拡大を鈍化させることに成功するかもしれない。 いまは、この町の職員として、国からの要請に協力し、できることをするだけだ。
なぜか余計ににがく感じるコーヒーを飲み干し、逢坂は、「それじゃあ、業者さんのヘルプに行くぞ」と机の上にあるガスマスクに手を伸ばした。 後輩がだるそうに返事をし、大きく身体を伸ばす。
ガスマスクを着用し、逢坂は、モニターの電源を消そうと手を伸ばした。 暗い店内を表示した画面の中で、06番台の男が映っている。 その背中に、奇妙なドクロの柄がぼんやりと発光し、浮いていた。 薬の効きが弱かったのか、男は粘着テープの上で苦しむゴキブリのようにもがいていた。
そういえば昔、夜の酒場で似たような服を着た酔った男に殴られたことがあった。 そのときの傷がいまでも頬に残る。 顔は涼しげにしていても、感情がそこに現れてしまい、なぜか紅潮して、それを知っている人には心の中が筒抜けだった。
いま、その傷が疼いている。 これは怒りではなく、正義の気持ちから起こる興奮だ。 碌でもないやつらを一掃するのだ。 その多幸感に思わず不敵な笑みがこぼれる。 若い頃、女にちょっかいをかけている男たちを正義の名の下に殴って成敗していた頃と同じだ。 密かな楽しみに身体が震える。
笑いがこみ上げてきた。 だが、いまならガスマスクをしているので誰にもばれることはない。 逢坂は思い切り、ほくそ笑んだ。
「おい、いくぞ」
後輩に声をかけ、席を立つ。 未来の世界のためにと一言加え、逢坂は扉を開けて、不穏な空気が渦巻く現場へとその足を進めた。