ハードパワーには「体力」「技術」「道具」「競技環境」などがあります。「体力」とは筋力・心肺能力・運動能力等の総合的な身体能力です。「技術」は巧みな身体運動を行うために必要な学習された身体能力で①状態把握能力、②正確さ、③素早さ、④持続性などがあります。「道具」には、競技の道具、ユニフォーム、シューズ、サポーター等があり、「競技環境」には競技への科学的取り組み、競技会場の整備、施設の整備、トレーニング施設の整備等があります。
一方のソフトパワーには、「戦略(作戦)」「チームワーク」「コンディション管理」「アイスリーディング」「スキップのキャプテンシー」「ポジティブシンキング」「才能発掘システム」「マナー」「インテグリティ」「Cool」「文化的背景」などがあります。
「マナー」「インテグリティ」「Cool」「文化的背景」って、いったいなに?と感じる人もいると思いますが、今回は説明を省かしてもらいます。機会があれば説明させてもらいますね。
ちなみに、パソコン好きの人なら、ハードとソフトがあるなら、OSはあるのか?と思う人もいるかもしれませんね。実はあります。なにかというと、遺伝的要素(視力、筋線維タイプ、最大酸素摂取量等)、性格、国籍、立地条件、性別、個々のいままでの経歴(経験)などです。これらは生まれ持ったもので、その人たちの個性といえると思います。後天的にそれらを変えることはなかなか難しいので、これも今回は説明を省かしてもらいます。
で、オリンピックでメダルを目指すなら、これらのすべてが、ある一定レベル以上ないと難しいといえるでしょう。そこで皆さんにお聞きしたいのですが、「ハードパワー」と「ソフトパワー」どちらが重要だと思いますか?なんとなく、身体能力や技術が決め手になるので、ハードパワーが大事と思う人が多いと思いますが、私は、6:4でソフトパワーの方が重要だと思っています。
というのは、人の体を動かすのは、筋肉ではなくて「脳」だからです。まさにスポーツは脳の勝負なのです。ただしここで言う「脳」とは、戦術などの理論のことを言っているのではありません。感情脳をいかにコントロールするかを言っているのですが、いかにポジティブに持っていけるのか、つまり、いかに「ゾーン」の世界に入っていけるのかが重要ということです。
ソフト・パワーの重要性は他にも様々あるのですが、今回は「チームワーク」について話してみたいと思います。ご存知のようにカーリングは4人で行います。チームのメンバー数としては、ペア以外では最もすくない数だと思います。それだけに、一人ひとりのパフォーマンスがチームに与える影響が大きく、チームワークはとても重要になってきます。
チームワークという言葉は、学校や小さい頃のスポーツ少年団の時から、みなさん耳にタコができるほど聞いてきたかと思います。それだけにチームワークの重要性はいまさら聞かなくてもわかっているよと思っている人が多いかと思いますが、その重要性をどこまでシリアスに感じ取っているでししょうか?
そもそも人間というのはチームプレイで進化してきた生き物です。そのあたりの検証を、カーリングの理論とは別な視点から考えてみたいと思います。
進化心理学者ニコラス・ハンフリーがこのようなことを言っています。
「人間の進化の過程や脳の構造からして、人間のIQの平均値はもっと高くなっていても良かったはずだ。十分期待できる知力からすれば、現在の人類は全体としては賢さが足らない。なぜか?低い知性のおかげで、かえって享受できるメリットが大きかったからだ。
たとえば、「社会的協力への志向」がある。人類が賢くなりすぎると、それぞれが自分の能力を過信することになり、他人の能力に期待したり、頼ったりしなくなる。そのように、社会的協力体制や社会のまとまりが欠けた状態よりは、個々人はそんなに賢くなくても、だからこそみんなでまとまって生きていこうという協調性が働いたほうが、人類という種の保存には有利であると遺伝子が「考えた」から、人類の知性は一定のレベルで抑えられている。」
つまり、1人ではなくチームとして力が発揮できるように遺伝子レベルで調整が行われていると言っているのです。
DNAの二重らせん構造の発見者、ジェームズ・ワトソンはこう説明しています。
「とらえにくいDNAのコードを解読できた1番の理由は、この問題を追及していた科学者のなかで僕らがそれほど優秀ではなかったからだ。優秀な人はめったにアドバイスを求めない。賢いということは、厄介なことである。」
彼は、自分で1人ではなく、優秀でないがために、いろんな人にアドバイスをもとめ、それらのなかからヒントをつかんでいったのです。
あのスティーブ・ジョブズもこう言っています。
「僕のビジネスモデルはビートルズだ。4人がお互いの悪い部分をうまく抑え合っている。それでバランスが取れて、ただ4人の能力を集めたよりもはるかに大きな相乗効果がうまれた。僕はビジネスも同じだと思っている。ビジネスでも偉大なことは決してひとりでは成し遂げられない。チームで成し遂げるんだ。」
ビジネスのマネジメントもチームのマネジメントも基本的には同じですので、チームとしての重要性は十分伝わってきますね。
ちょっと違った視点では、飛行機の墜落の原因は、その多くは知識や飛行技術の問題ではなく、チームワークとコミュニケーションに関係があることがわかっています。
また、行動生態学者の長谷川真理子氏は、「集団の進化をコンピュータ・シミュレーションしてみると、「ゆずる心をもった人」の集団がもっとも生物として進化しやすいという結果がでた。コンピュータに「どんな人が最後に生き残れるか」を推測させたところ、力の強い人、自分のことを優先させる人、競争で勝ち抜いていく人といった集団よりも、ゆずり合いやギブ&テイクの精神をもった人たちがいちばん最後まで残る。」と言っています。ここでも、個々人の優秀さよりも、人とのつながり(チームワーク)が生物として進化しやすいと言っているのです。
ミシシッピ工科大学(MIT)はチームのパフォーマンスを高める決めてはなにか?を研究しているのですが、その結果決めては「ソーシャルセンシビリティ(社会的感受性)」であることが分かりました。つまり共感能力です。けっして1人のスキルではなく、チームとしての力がパフォーマンスを上げると言っているのです。
「米国のビジネススクール・ランキング」で1位のペンシルベニア大学ウォートン校で学校史上最年少で終身教授になった天才的な組織心理学者アダム・グラントは「一流のプレイヤーや一流のアーティストになるには、テイカーでもなく、マッチャーでもなく、ギバーである。」と言っています。ここでいうテイカーとは、他人に与えるよりももらうことを重視する人、マッチャーとは「ギブ&テイク」が五分五分のバランスがとれた人、ギバーとはもらうよりも他人に与えることを重視する人」ということです。膨大な研究データから、他人に進んで与える人がもっとも一流のプレイヤーになれると結論づけているのです。
マネジメントの世界では誰もが知っているチェスター・バーナードは「チームが成り立つために必要な3要素」として以下の3つを上げています。
・ 共通の目的をもっている(組織目的)
・お互いに協力する意思をもっている(貢献意欲)
・円滑なコミュニケーションが取れる(情報共有)
これらの3つがそろってはじめて組織が成立し、これがないものは人が集まっただけであり、集団といっています。この3つを見てもらえばわかるように目的はもちろんのこと、「貢献意欲」や「情報共有」は、まさにチームワークの重要性を典型的にあらわしています。
さらに、ハーバード大学が行っている史上最も長期な研究というのがあります。なにを研究しているかというと、私たちを幸福にするのはなにか?というものです。これは何千人という人たちを75年間追っていると同時に、最新の脳科学、心理学、様々なデータを検証しています。若者に聞くと、80%以上が「富を蓄えること」で、50%は「有名になること」と答えました。しかし、75年にわたる研究からはっきり分かったことは、私たちを幸福にするのは……「よい人間関係につきる」ということです。人間関係なのです。
いま日本ではそれほど騒がれていませんが、世界的には注目されているテーマがあります。それはなにかというと「人間の心身に与えるもっとも重大なリスクファクターはなにか?」というものです。つまり「寿命を縮める最大のリスクファクターはなにか?」ということです。喫煙でしょうか?肥満でしょうか?運動不足でしょうか?環境ホルモンでしょうか?ストレスでしょうか?何かというと、実は「孤独」なんです。ですから、今年の1月イギリスでは「孤独担当相」というのが設けられましたし、アメリカでもオバマ政権時代の日本でいえば厚生労働大臣が「孤独」への対応が一番重要なんだと言っています。
このように様々なデータを紹介しました。直接カーリングに関するものではありませんが、こららから分かるのは「人間というのは1人ではなく、チームとして力を出すことができる生き物」ということです。つまり、「チームワークがとても大切だ」ということなんです。人間のDNAにはそのことが組み込まれているといってもいいかと思います。そこまで考えて皆さんは「チームワーク」ということを捉えていたでしょうか。だから、チームワークがスポーツにおける勝敗に大きく影響するのです。
では、その「チームワーク」を高めるにはどうしたらいいのでしょうか?カーリングにおいてチームワークを高めるには、なんと言っても、「コミュニケーション」と「スキップのキャプテンシー」です。
カーリングでは戦術を立てるのも、ラストロック(そのエンドの最後に投げられるとても重要な石)を投げるのも、多くはスキップが担当します。スキップの責任は大きく、そのプレッシャーは相当なものです。それだけに、スキップ自身のテクニックはもちろんのこと、人間としてチームメンバーに信頼されていなければなりません。
このコミュニケーションとスキップのキャプテンシーがチームワークに大きな働きをするわけですが、詳しいことに関しては、またの機会にしたいと思います。いずれにしても、チームワークの大切さに関しては、少しは感じていただけたかと思います。
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