「一刻も早く来てくれ」
現在なら断っているかもしれない、急な要請に応じたのは理由がある。そのお客さんが、市内でもかなり強い権力を持つ集団であり、断ろうものなら当時の勤め先が一瞬で消し炭になっていただろうから。私はソフトを入れたディスク(まだMDだったはず)を抱え、お客さんのところへ車を走らせた。
数フロアあるその建物で、人が常駐しているのは1階のみ。いつ来ても静かで薄暗く、無駄に広い部屋にはデスクが5つほど点在していた。
社会の重鎮とも呼べる貫禄の塊・・・5つの視線がすべて、入室した者に集まるのも毎度のことである。私はヘラヘラと愛想笑いを浮かべ、中心に鎮座する“ボス”の元へ向かった。
「パソコン借りますね」と言い、中腰になって横から操作する。他人のパソコンを操作する際、その人が「座ってください」と席を譲ってくれる姿勢を見せる確率はかなり高い。
しかしさすがの“ボス”は無言の圧力。そのような気配は微塵も感じられないし、私自身譲られるつもりは毛頭ない。
ドライブごと持ってきたディスクを接続し、ソフトをインストールする。
当時まだフリーだった、そのソフトの名は「復元」。
パソコンから誤って削除してしまったファイルを文字通り「復元」してくれる(かもしれない)ソフトである。
その“ボス”から受けた依頼は「重要なExcelファイルを消してしまったので何とかしてほしい」であった。
早速「復元」を起動し、削除したファイルの復元を試みる。(ここから先はあまり記憶もないのだが)不思議なことに数分もの間、ファイルが何一つ復元されなかった気がする。
無言の“ボス”と、何も表示されない復元状況を眺める時間・・・やけにハードディスクの回る音をうるさく感じた。
「なかなか復元されませんね」
場を持たせるため、“ボス”の機嫌を損ねないため、そんな声をかけたかもしれない。
しばらくしてまず最初に復元されたのはJPEGファイル。
「●●●●な女子高生の××××.jpg」というファイル名だった。
※伏字には思いつく限りの卑猥な言葉を入れてください。
首筋に冷たいものが流れた。
「社会的に殺される」と直感したのはこれが最初で最後。
※「殺される」なら何度か、ある。
その後もファイルは復元されず、“ボス”と二人で「●●●●な女子高生の××××.jpg」というファイルだけが表示されたモニタを眺め続ける。
永遠にも感じられる時間、“ボス”の顔色を伺うことは不可能だった。
“ボス”は、どんな表情、どんな心境で復元された「●●●●な女子高生の××××.jpg」を眺めていたのだろうか。その後は普通に、“ボス”に向かって「Excelの復元は難しいですね!」などと言い放ち足早に立ち去ったように思う。
誇張なしの実話なのでオチもその程度。
ただそれからも、他人のパソコンで「復元」を起動する機会は何度かあった。
起動したソフトの復元状況を眺めるのは依頼主にまかせ、私は必ず席を離れるようにしているのは言うまでもない。
※こんなITこぼれ話(ノンフィクション)ならたくさん持ってます。